こんにちわ ご無沙汰しています。
今回は「リチウムがアルツハイマー型認知症を予防する」という記事が日本でも出たので、それについてちょっと書いてみます。精神科で使用するリチウムは主に炭酸リチウムで、血中濃度や腎機能などを確認しながら使う薬です。ニュースの見出しだけを見て自己判断でリチウム製品を飲むことは勧められません。
2025年Nature論文で分かったこと
ネットニュースや新聞の常として、分かりづらい込み入った部分は省かれます。今回のNature論文には、ヒトの観察とマウスでの実験の両方が含まれており、ここを分けて読む必要があります。
ヒトについては、亡くなった方の脳組織などを調べた観察研究です。認知機能が正常な方と比べ、軽度認知障害(MCI)やアルツハイマー病の方では前頭前野のリチウム量が低く、アミロイド斑にリチウムが取り込まれていることなどが示されました。重要な手がかりですが、観察結果なので「リチウム不足が人の認知症を起こす」「補えば予防・治療できる」と証明したものではありません。
一方、治療に相当する実験はマウスで行われました。食餌からリチウムを減らすとアルツハイマー病モデルマウスなどで病理や記憶が悪化し、低用量のオロチン酸リチウムを与えると病理変化や記憶障害が抑えられ、条件によっては改善しました。これは将来の研究につながる興味深い結果ですが、ヒトにオロチン酸リチウムを投与した臨床試験の結果ではありません。
リチウムの種類
先ほどオロチン酸を強調したのは、同じリチウムを含む塩でも用途と研究段階が違うためです。リチウムは自然界ではほかの物質と結びついた形で存在し、電池にも医薬品にも使われますが、もちろん電池材料と医薬品を同じように扱えるわけではありません。どの塩を、どの量で、何の目的に使うかが重要です。
医療で双極症の治療などに用いるのは主に炭酸リチウムです。長年の治療実績がある一方、治療域が狭く、血中濃度が上がりすぎると中毒を起こします。2025年Nature論文のマウス実験で用いられた低用量のオロチン酸リチウムとは、研究目的も用量設計も同じではありません。
オロチン酸リチウムはまだ研究段階
オロチン酸リチウムは以前から研究され、一部の国ではサプリメントとして販売されています。ただし、販売歴があることは、ヒトでの認知症予防効果や長期安全性が確認されたことを意味しません。「炭酸リチウムより脳に届きやすい」「低用量だから安全」といった説明は主に前臨床研究や仮説に基づくもので、ヒトで十分に確立していません。
今回の論文で、オロチン酸リチウムはマウスにおいてアミロイドへの結合が少ない塩として選ばれました。しかし、マウスの結果から人の適切な用量を換算して自己使用することはできません。オロチン酸リチウムもリチウムを含む以上、認知症予防を目的に自己判断で服用することは勧めません。
炭酸リチウムを治療で使うとき
炭酸リチウムは双極症の治療において重要な薬です。依存性のある薬ではありませんが、安全に使うには定期的な血中リチウム濃度、腎機能、甲状腺機能、電解質・カルシウムなどの確認が必要です。脱水や発熱、嘔吐・下痢、食事や塩分摂取の大きな変化、腎機能の低下で血中濃度が上がることがあります。
また、ロキソプロフェンなど一部の非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、利尿薬、ACE阻害薬・ARBなどは血中濃度に影響することがあります。市販薬を含め、追加する薬がある場合は処方医や薬剤師に確認してください。
まとめ
2025年のNature論文は、ヒト脳でのリチウム恒常性とアルツハイマー病の関係を示し、マウスではオロチン酸リチウムによる介入可能性を示した重要な基礎研究です。ただし、ヒトで認知症を予防・治療できると確認されたわけではありません。炭酸リチウムによる双極症治療と、低用量・オロチン酸リチウムを用いた研究を混同しないことが大切です。
当時「新しい選択肢につながるかもしれない」と感じた点は今も同じですが、臨床で勧められるかどうかは別の話です。今後のヒトでの臨床試験を待つ必要があります。リチウムについて気になる方は、自己判断で始めず受診時またはお問い合わせでご相談ください。
※リチウム中毒を疑う症状
- 吐き気、下痢、食欲低下
- 手の震えが強くなる、ふらつく、ろれつが回らない
- 強い眠気、混乱、筋力低下
- けいれん、意識障害
服用中にこのような症状が現れた場合は、塩分や水分だけで自己対処しようとせず、服用状況を伝えて速やかに医療機関へ相談してください。重い症状や意識障害がある場合は救急受診が必要です。