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こんにちは。
適応障害などで休職された方の復職を手伝っている際に最近気になることがありまして、記事にすることにしました。
復職時は企業としては患者さんに対して合理的配慮を行う必要があるので、診療情報の提供依頼があることがあります。これについては行ってもらった方が望ましいので依頼があれば可能な限り対応することにしていますが、最近外資系企業を中心に、産業医を通さず、どう見ても業務上関係ないような情報までも提供書に記載させ、それがないと復職判定を行わない、というものが散見されます。
実務上書かないと先に進まず患者さんの不利益に繋がるのでだいたいご本人に確認しつつ記載しますが、違和感が半端ありません。
主治医はどこまで回答すべきなのでしょうか。今回はちょっと専門性の高い話題になりますが、個人情報保護法、主治医意見書、就業上の配慮という観点から、医療機関としての適切な対応をまとめてみます。
会社から診断名や服薬内容の提出を求められたら?主治医が答えるべき診療情報の範囲
結論から言うと、主治医が企業に提供すべき情報は 「業務遂行能力に関わる範囲の情報」 に限定され、診断名や薬剤名などの詳細な医学情報を開示する義務は通常ありません。具体的には
就業の可否
- 就業可能
- 一定の制限下で可能
- 当面困難 など
就業上の制限
- 残業制限
- 深夜勤務不可
- 運転業務不可
- 高所作業不可
- 重量物作業不可
- 対人負荷の高い業務制限 など
配慮事項
- 定期通院の必要
- 勤務時間短縮
- 段階的復職
- 業務量調整 など
期間の見通し
などを判断し提供します。
最近増えている「復職時の詳細な診療情報の提出要求」
最近求められて引っかかるのが、病歴、服薬内容、治療経過、治療方針などを記載するものです。これも産業医からの問い合わせであれば、返答もやぶさかではないのですが、産業医名もなく、患者さんの同意の記載のみできたこともありました。
海外では”人事管理”の所掌
先に外資系に多い、と書きましたが、これには相応の背景があるようです。多くの外資系企業では、復職の可否を判断する際に「Fitness for Work(就業適性評価)」と呼ばれる考え方が採用されています。これは、従業員が業務を安全に遂行できる状態であるかどうかを企業が確認する仕組みであり、欧米では一般的な人事管理の一部とされています。企業としては、労働災害や健康悪化のリスクを避けるため、復職時に医療情報を確認することが合理的と考えられているのです。なので、これらを定型書面にしてシステムを組むことは善意から作られたものではあります。しかし、日本の法令においてはこの点については産業医を介して行うことが前提の立て付けになっています。
その企業にまっとうな産業医が居れば解消されるのでしょうが、外資系企業の日本法人では必ずしも産業医制度が十分に機能していない場合があります。日本の法律では、産業医の選任義務は労働者50人以上の事業場に限られており、小規模な事業場では産業医がいないことも少なくありません。その結果、人事担当者や上司が直接医療機関に問い合わせを行い、本来は産業医が整理するべき医学情報をそのまま主治医に求めてしまうケースが生じます。
さらに、グローバル企業では本社の人事フォーマットがそのまま日本でも使われることがあります。これらの書式は欧米の医療制度を前提に作られているため、診断名や服薬内容などの詳細な医療情報の記載欄が設けられていることも少なくありません。しかし、日本では診療情報は極めて機微性の高い個人情報として扱われており、本人の同意があったとしても、その提供範囲には慎重な判断が求められます。
企業から診断名や服薬内容を求められた場合の実務対応
復職時に企業から診断名や服薬内容などの詳細な診療情報の提出を求められた場合、主治医として重要なのは「要求にそのまま応じるか、完全に拒否するか」という二択ではありません。実務上は、患者のプライバシーを守りながら、企業が必要とする情報を適切な形に整理して提供することが重要になります。
本人の同意の確認
まず最も重要な前提は、本人の同意の確認です。診療情報は個人情報保護法における「要配慮個人情報」に該当するため、企業への情報提供には原則として本人の同意が必要です。企業側が「本人の同意を得ている」と説明している場合でも、医療機関としては患者本人に対して改めて説明し、どの範囲まで情報を開示することを希望しているのか確認することが望ましいでしょう。特に診断名や服薬内容などは、本人が必ずしも職場に知られたくない場合も少なくありません。
情報提供の範囲
次に重要なのは、提供する情報の範囲を整理することです。企業が求めてくる情報の中には、医学的には必要性の低いものも含まれていることがあります。例えば、具体的な薬剤名や詳細な病状、過去の治療歴などは、通常の業務上の判断には必ずしも必要ではありません。そのため、これらの詳細な医学情報をそのまま提供するのではなく、業務に影響する要素に変換して説明することが望ましいとされています。
例えば「〇〇という薬を服用している」という形で回答するのではなく、「副作用として眠気が生じる可能性があるため、当面は自動車の運転業務は避ける必要がある」といった形で、医学情報を就業上の制限に翻訳して伝える方法です。このような情報であれば、患者のプライバシーを守りながら、企業側も安全配慮義務を果たすための判断材料を得ることができます。
厚労省推奨の様式
また、企業独自の書式にそのまま回答するのではなく、主治医意見書の形式で回答することも一つの方法です。主治医意見書は、厚生労働省の両立支援の枠組みでも推奨されている書式であり、就業上の配慮事項や業務制限など、必要な医学的意見を整理して記載することができます。企業側のフォーマットに診断名や薬剤名の記載欄がある場合でも、医学的判断として必要な範囲の情報のみを記載する形で対応することが可能です。
情報提供しないことのデメリット
一方で、企業に対して一切の情報提供を行わないことが必ずしも患者にとって有利とは限りません。企業は労働者の安全を確保する義務(安全配慮義務)を負っているため、業務遂行能力に関する情報が不足している場合、復職の判断を慎重にせざるを得ないことがあります。その結果、復職が認められなかったり、必要以上に強い業務制限が課される可能性もあります。
そのため実務上は、診断名や服薬内容などの詳細な医学情報は伏せつつ、業務遂行能力や就業上の配慮事項といった形で必要な情報を提供することが、患者の利益と職場の安全の両方を守るバランスの取れた対応といえるでしょう。
まあちゃんとした産業医がいてくれていれば悩まなくて済むんですけどね。



